一人掛け用のゆったりとしたソファにはすっぽりと埋まって、甘く緩い、口当たりもとろりとしたカフェオレを飲んでぼうっとしていた。自分の前にはカクが同じようにソファに座って何かを話していたが、耳から耳へ通り抜けるばかりで、全く頭に入ってこない。そのくせ、頭の中ではまるで一つの映画のシーンの様に、昔の思い出がそろりそろりと忍び寄っている。


?」
呼ばれた名前だけが、強烈に頭の中に入ってきた。
同時に、緩い思い出から急激に現実へと引きずり出される。
「-・―――ん」
「どうしたんじゃ。らしくないのう」
拗ねたように口を尖らせて言う。それが可愛くて、少し笑ってしまう。
「ううん、なんでもないよ。で、なんて言った?」
「聞いとったのではないのか?」
「ごめんなさい、ピノキオ」
私のいい方があまりにあっさりしていたのか、あまり悪びれたようには聞こえない。けれど、カクは優しく、苦々しく、笑う。
「・・・その呼び方は結局いつまでも変わらんのじゃなあ」



「ピノキオは変わったわね」
『姉さん』と呼んでいてくれたのに。









自分が生きる為に、人を殺すだけの為の技を覚えた。
『CP9』は自分だけではない。自分など比べ物にならない程強いルッチに、ジャブラ、ブルーノ。カリファもフクロウもクマドリもいる。
それに、自分がCP9に育て上げたと言ってもいいほどの、カクがいる。


カクが、どれほど自分の支えとなったのか、数えきれない。

「昔は『姉さん』って呼んで離れなかったのに」
淋しいわ、と付け足す。
目を閉じれば瞼の裏にはここで過ごした事、今でも思い出す。
キラキラとした笑顔を浮かべて、私の後ばかりをついてきて。ジャブラに苛められてはやり返して、でもやっぱり年齢と体格の差の所為か、ちっとも敵わない。
そこで仲裁に入るのはいつも私で、それでカクを守っていたのに、いつの間にか私の助けはいらなくなっていた。背はいつの間にかぐんぐん伸びたし(口調と鼻は相変わらずだけど)、道力なんて、私は彼の足下にも及ばないし。
「そうじゃのう」
帽子の奥の目は面白そうに笑っている。そして彼は器用にマグカップのブラックコーヒーを飲む。
昔は甘いものが大好きだったくせに、今は飄々とした顔で苦い苦いコーヒーを飲むようになった。



私も笑う。けれど、カクはすぐにつう、と面白くなさそうに目を細めて。
私は、ああ、似合わないな、と思って。








「もうわしはお前さんを姉として見えん」









「・・・・・・どういう意味?」
「・・・鈍いのう」
「わからないわ、ピノキオ」

違う、本当は知っている。

















「本当にわからないんじゃな?」
お、顔の表情が固まったわい。
いかんのう、姉さん。CP9がそんな易々と感情を読み取られるなんて。



そんな目で見るな!



泣きそうなその目を、わしは壊してもいいと思っとる。
壊してでも手に入れたい。昔から、望んでいた事じゃ。


壊してしまえ。








「カク・・・?」
「黙れ」


ソファからゆっくり立ち上がり、そのままの前に立って。
顎を掴んで、無理矢理上を向かせて、噛み付くよう唇を奪う。


全て貪り取るように。





ガシャンと美しく磨かれた床に落ちて壊れた、マグカップ。残響音。
真っ黒いコーヒーと焦げ茶のカフェオレが交じって床を汚していく。
共に、ぐしゃり、と何かが壊れた。
それは二人の関係だったのか、の心だったのか。






それともカクの心だったのか。













こころ



それは一種の背徳のようで、わかってしまうのが怖かった
(堰を切ったように、自分のこころが溢れ出てしまう)
















カクをピノキオと呼ばせたかったが為の夢です(苦笑)
(06.04.19)