今日は珍しく、買い物へ出てみた。
人ごみは正直苦手だ。
もうすぐ夏が来るからどの店もSALE、SALE、SALE。50%OFFなんて紙貼るくらいなら始めから50%OFFの値段で売ればいい話じゃないのか。
日本人はSALEの文字に弱いから、という陳腐な戦略に乗せられる女共が少し見苦しい。両手に派手なショップ名が書かれた袋を持ってあっちの店こっちの店と翻弄されすぎだ。
単純だな、と思いながらすれ違った女子高生が入っていった店に目をやる。派手なコーディネイトがされたマネキンを前面に押し出したその店はあいつが入るには似つかわしくなかった。
原色ばかりで目が痛くなりそうだ。
ここじゃ、だめか。
まず入っていく女子高生があんなのだから仕方ない。
ほかの店を探そうと思ったとき、隣の店が雑貨屋だということに気付いた。
控えめなアンティーク調の落ち着いた雰囲気の店。中の客も派手なのやら人種が違うんじゃないかと目を疑いたくなるような奴もいない。男一人で入るもんじゃないなと思ったけど、ショーウィンドウに飾られていた指輪が目についた。

ピンクゴールドで、レースみたいな指輪。
バカ売れ中のサマンサ「レースジュエリー」だなんてこの指輪には似つかわしくないコメントを一瞥して店内に入っていった。









包んでもらうのはやめた。
店から出てすぐそれを乱暴にジーンズのポケットへと突っ込む。柄にもなく口元が緩んでしまいそうだったから慌てて口元を押さえた。出所する前まではこんなんじゃなかったはずなのにな。
良くも悪くもあいつのおかげで俺はすっかり変わってしまった。今じゃまともに働いているんだから。人助けとか、そういうのに全く興味がなかったはずなのに。
ぼーっと考え事しながら歩いていたらどん、と人がぶつかってきた。
人が多いとはいえ、前見て歩けよ。真正面からぶつかってくるだなんてどんなドジな女なんだ。
俺はなんともなかったが、ぶつかった方がそのまま転んだらしく手に持っていたものを全部ぶちまけていた。

「す、すみません・・・」

慌てて拾っているのはやっぱりSALE中の店の袋。
情けない声で謝るのも、こんなドジをするのもやっぱりお前一人か。

「カンザキナオ」

ゆっくりとそう呼ぶと呼ばれた本人は驚いて顔をあげた。そして俺の顔を見てもっと驚いていた。

「え?あ、秋山さん!なんでここにいるんですか!?」
「俺だって買い物くらいする」

珍しいです、とはにかんだように笑う彼女にあの指輪は最高に似合うな、と思いながらしゃがんでまだ地面に放りっぱなしの袋を拾った。それを見てカンザキナオは慌ててありがとうございます、と言いながら立ち上がってスカートについた埃を軽く払っていた。

「秋山さんは何を買ったんですか?」

お前のために指輪を買いました、なんて素直に言えるわけもない。適当に返事をして、180度方向転換をした。そのまま元来た道を歩き始める。

「あ、待ってください!」

ヒールの高いサンダルにもかかわらず、走ってついてきた。そんなことするから転ぶんだ、こいつは。

「もう帰っちゃうんですか?」
「ああ」
「電車、ですよね?」
「ああ」
「じゃあ駅まで一緒に行ってもいいですか?」
「・・・好きにしろ」
「そうします」

もう少し気のきいた言葉をかけてやれないのか、と思ったけど、俺の性格を熟知しているのかそれとも深く考えていないのか(きっと後者だ)カンザキナオは嬉しそうに笑ってそう答えた。

少し人通りが減った道を二人で歩く。暫く会っていなかった分、隣でぺらぺらとよくしゃべっていた。適当に相槌をうちながら聞いていたが、気に食わない名前(エトウだとかヨコヤだとかフクナガだとか)が散々出てきたときには何も言えなくなった。
なんでそんなに連絡を取っているんだ、この女は。
つい最近までは騙しあっていた奴らだったことをすっかり忘れて今はのんびりテーブルはさんでランチだなんて信じられない。カンザキナオの中で一度話した奴らは全員友達なんだろうか。エトウあたりは仲良くランチ、じゃなくて下心ありそうだ。

「それで、その時江藤さんが・・・きゃっ」

ぐいっと彼女の肩を押して、俺の反対側へと押しやった。休日だからって馬鹿な奴らが車のスピードあげすぎなんだ。ふらふらと危なっかしいこいつが車道側にいたらさっきみたいに転んでひかれるかもしれない。歩道側を歩いたらヒールのかかとが溝にはまる可能性もあるけど、それでも車道側を歩かれるよりは安全だ。
急に押された方はびっくりしてこっちを見ていたけど、黙ってまた歩き出す。
さっきまでうるさいくらいに話していたのに今は下を向いたまま。個人的にエトウが何をしたのか気になる。

「秋山さん、ありがとうございます」

急に顔をあげたかと思ったら嬉しそうに、少し頬を赤らめてそう言った。
反則だろ、と思ったけど顔に出さずに別に、と一言答えた。それからまた黙って歩き始めた。
うるさいくらいにどくどく鳴る心臓の音がバレてしまわないかひやひやしたけど、そんな心配は一瞬で消え去った。

「きゃぁ!」

何でこいつはこんなに予想通りの動きをするんだろう。
左足のヒールは見事に溝にはまって、カンザキナオはまた転んだ。そしてまた手荷物を全部吹っ飛ばした。
これが可愛いと思うんだから俺はかなり重症かもしれない。一度医者に行こうと思いながらあちこちに散らばった袋を拾って片手で持ち、もう片方の手でカンザキナオの腕を掴んだ。

「あきやまさ・・きゃ!」

そのままぐいっと引っ張って立ち上がらせてやった。当の本人はされるがまま。まだ溝にミュールがはまったままだったから引っこ抜いてやると、小さな声ですみません、と言う声が聞こえた。裸足のままの左足の隣にそれを置くと申し訳なさそうに小さな足がはまる。
ちゃんと履いたのを確認すると彼女の右手をとって歩きはじめた。

「え・・・!?あ、あの・・・」
「さっきから転びすぎだ」
「・・・ありがとうございます」
「別に」

俺より小さくて俺より華奢な彼女の手は少しでも強く握ったら壊れてしまいそうだった。できるだけ優しく握ると、彼女もそっと握り返してくれた。また心臓がうるさい。手に汗かいてるんじゃないかとか、顔が赤くないかとか、そんな高校生みたいなことを気にしながら歩いたらいつの間にか早歩きになってたらしくカンザキナオが一生懸命ついてきているのに気付かなかった。

「も、もちょっとゆっくり、歩いて、ください」

少し息切れしながらの彼女の声にやっと気付いて悪かった、と一言言うと、手を離した。
離れた手がひんやりとしてなんだか無性にさみしい。手なんか繋ぐんじゃなかった、と少し不貞腐れながらポケットに手を突っ込んで歩き始めた。左手にコツンとさっき買った指輪が当った。
渡すなら今か?と思ったけど、どうやって渡そう。普通に渡せばいいのか、それともディナーか何かを日を改めてセッティングした方がいいのか。きっと俺はこいつと違って電話する勇気なんてないから渡せず終いになりそうな気がする。
明日になったら友達とかエトウあたりがプレゼントを渡すんだろう。その前に渡さないと最後だなんて格好悪い。
頭の中でいろいろと考えていると、服をくいっと引っ張られた。

「あの」
「なんだ」
「手、つないでもいいですか?」
「好きにしろ」

左手をポケットから出して彼女の右手と絡めた。所謂、恋人繋ぎ。
こうしていると恋人に見られるんだろうか、とぼんやり考えていると隣でまた秋山さん、秋山さんと呼ばれた。

「手の間に何かあるんですけど」
「あ?・・・ああ」

彼女がおずおずと自分の手首を少しひいて俺の手と少し距離をつくった。
二人の手の間にあるのは勿論ピンクゴールドの指輪。驚いて彼女がこっちを見たのがわかったけど、俺は今恥ずかしくてそれどころじゃない。ぱっと顔を逸らして彼女を見ないようにした。

「明日、誕生日だろう」
「覚えててくれたんですか?」
「なくすなよ」
「ありがとうございます」

声が震えているからちらりと見ると、指輪を大切そうに握ってぽろぽろと泣いていた。ああもう、泣くなよ。泣かれると抱きしめたくなるだろう。泣きながら大切にします、ありがとうございます、と何度も何度も繰り返していた。
抱きしめたら絶対理性なんてもの吹っ飛んでいくとわかっていたけど、抱きしめずにはいられなかった。




愛し君へ
(左手の薬指につけて、なんて言う勇気はないけれど)




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似非ですみません SS返ししようと思ったらShortじゃなくなったのでMiddleってことで!笑
秋→直にするつもりがよくわからなくなってしまいました!もうひたすら土下座です!!
返品、交換可ですのでーw

2007.07.22


{s*k]のミウさんからいただきました。秋山さんが自らセールへ・・・!(笑)素敵です、あんなSSのお返しがこれって贅沢すぎ!てかLG取り扱ってないのにほんとありがとうございます・・・!
指輪を素のままポケットへ入れちゃう秋山さんと、ヒールを溝にはめちゃう直ちゃんにときめきました、きゅんでした。ありがとうございました!
(ミウさんのサイトへは上のサイト名よりどうぞ!)






(07.07.31)