カーンカーンカーン・・・・!

おや、もうこんな時間。とは製図を書く手を止めて、眼鏡を外し、腕時計を見る。お昼の乾いた鐘の音が鳴ったということは、もう休憩時間。
ちらり、と左腕にはめている腕時計を見て、はポツリと呟く。

「一分前、かな」

チックタックチックタック


忙しなく動く時計から窓の外へと目を向けてみると、パウリーがジャケットを手に取って真っ赤になって本社へ駆けていくのが見えた。


「(予想通りの反応してくれるわァ・・・)」


は思わず笑ってしまう。顔に笑みを浮かべたまま、腕時計を再び見る。彼の足なら後30秒?途中でアイスバーグやカリファに会わなければ、そう、多分そのくらい。



!!」

製図室の扉を乱暴に開けて、窓から見えた時と同じく顔を赤くしたパウリーが入ってきた。葉巻は相変わらずきちんと口に銜えられている。

「あら、早いわね、パウリー」
「テメェ、なんだ、これは!!」

肩で息をして切れ切れに開口一番そう言って、パウリーはに手に持っていたジャケットの後ろが見えるように広げてみせた。大きな『1』が目立つ、大きなジャケット。けれどいつもと違って、右肩より少し下がった部分に真っ赤なルージュで『×××』と小さいながらも目立つように書かれている。
はそれを見せられて、クスクスと声に出して笑う。

「1番ドックの職人達は教えてくれなかった?」
「・・・・・・」
「その様子じゃ、ずっと知らなかったみたいね」
「わかるかこんなとこ!!」
「わからないようにそこに書いたんだもの」

あまりにあっさりと、そしてあっけらかんと言うにパウリーは思わず頭に手を当てて閉口する。それを見て再びクスクスとは笑う。
は笑うと目を細める。バラ色の唇を形よく横に引く。それはまるで優雅な猫が笑っている様な印象を与える。彼女自身猫のようだ。すらりと伸びた手足に、日の光を知らない様な、けれど青白いのではなく光る様な真白い肌。くるくるとペン回しをする指はたこだらけでも、その手からはするすると美しい線と曲線が生まれ製図ができる。
ーーーーーー彼女は2番ドックの製図職職長。1番ドックマスト職職長のパウリーの幼なじみでもある。

「タチ悪ィ・・・」
「あらやだ。狡賢いと言って?」
「余計に悪いじゃねェか!!」
「あーあ、ぐしゃぐしゃねェ」
パウリーの言葉を聞かなかった振りをして、困った様な、けれど笑った様なそんな顔ではジャケットを眺める。

「・・・無視か、オイ」

ルージュで描かれた×は滲み、その部分を掴んだ所為でルージュがあちこちに付き、の言う通りぐしゃぐしゃな印象を与えた。
が少し唸るとパウリーも不安になってきて彼女の手にあるジャケットを覗き込んだ。
「・・・落ちるか?」
「落ちるわよ・・・・・・・・・・・多分」
「あ?」
ぼそり、と言ったの言葉を聞き漏らさずにパウリーは眉間に皺を寄せて聞き返す。は口の中で「クソ、地獄耳め」と悪態づいて、なんでもないように装う。
「何でも無いわよ。今すぐ欲しいの、これ?」
「落ちるなら別にいつでもいいぜ」
「じゃあ、持って帰って洗ってくる」
「オォ」
手慣れた様子で素早くジャケットを畳み、鞄が入っている籠へと放り投げる。ぽすっ、という音がして、軽く籠が揺れた。

周りに散らばっている紙が、ジャケットを投げ入れたときの風でふわりと舞う。

「あいっかわらず紙だらけだな、ここは・・・」
「そうね、どこかのクソ社長が仕事を放り出すたびにこっちに仕事が回ってくるからよ」
くるり、と回転椅子に座ったまま半回転し、部屋中に散らばる製図を見ながらにっこりと微笑む。けれど、目は笑っていなくて(むしろ怒っていて)恐ろしい。
「給料上げろってのよ、バカバーグ」
は憤慨して手を組みながら足を組む。そうすると、スルリ、と白くすらりと伸びた、けれどいやに細い足が、タイトのロングスカートのスリットから主張する。ちょん、と足に収まっているピンヒールのミュールのリボンが足に絡み付いて、艶かしさを演出している。

思いがけないものに、パウリーは瞬時に赤くなる。

「!!おまっ・・・、なんってハレンチなもん着てるんだ!足を隠せ!!」
「え?これ?セクシー?」
「ハレンチだ、ハレンチ!!」
「褒め言葉はいいわ、わかってるから」
「褒めてねェッ!!」
「あっはっは!」
「笑ってんじゃねェよ!」
隠せ!とばかりにに向かってソファに置いてあったブランケットを投げつける。わわ、とジルは少し椅子に座ったまま移動してブランケットを受け取る。
「んもう・・・怒りっぽいんだから。ところで、ねえ、パウリー。お腹空かない?」
「あ?ああ、減ったな」

「だよねェ。減ったよねェ。ご飯食べにいかない?」


にこにこ微笑みながら言う。こういう時はろくな事が無い。
「・・・ちょっと待て、お前俺に奢らせる気じゃ・・・」
「あら、話が早い!さ、行くわよ」
ぱん、と口の前で軽く手を打って、は嬉しそうに笑う。男ならば一瞬で落ちてしまいそうなその妖艶そうな笑みも、長年の付き合いであるパウリーの前では意味が無い。
「馬鹿な事言ってんじゃねェよ、どうして俺がお前に!だいたい俺ァ借金が・・・」

「社内に1番ドックのあのパウリーが女に恥をかかせたって言ってやるわ。ついでに過去の恥ずかしい事も暴露しちゃう」

笑顔のまま、恐ろしい事をさらりと言って退けるに、痛くなった頭を抱えパウリーは思った。

(こいつには、一生勝てる気がしねェ・・・)


「さあ、どうする?」

どうするって言ったって、彼女はもう外出する準備をしているのに。
どちらにしろ、パウリーがに勝てるはずは無いのに。


「あー、わかったわかった!!ブルーノの酒場だからな」
「やった!パウリーありがとう!」



大好き、と微笑む彼女に惚れた自分が悪い。








愛ある嫌がらせ





×はキスマークの意ですよ、きっとパウリーはわからないんだろうな(笑)
(06.05.22)(元:06.02.16) タイトル:にびいろ