もう陽が傾いて、残り数時間でウォーターセブンに夜の帳がかかる。水がキラキラと煌めき反射して、それだけでどんな宝石よりも美しく見える。人々からほう、と溜息が漏れ、水上を進むヤガラ達を思わず止め、その落日と水面に見入る人すらいる。


世界一の造船所ドックに並ぶ、ウォーターセブンの名物。


けれどそれをちっとも気にかけない2人がいる。
青の上下に背中に「1」を背負う男、その男の手を引いている美しい女性(ひと)。ヒールをかつかつと鳴らして、女は急ぎ足で男の手を引く。
「早く!」
振り向いた彼女は彼が久々に見た必死な顔。ああもう!早く!と急かす。けれど、彼女の足では早く、が彼の足ではただ大股で歩く、に近い。
「お、おい!なんでそんな急いでんだよ?」



誕生日なのに、なんでこんなに急がないといけねェんだ!



いい年して、女と手をつないで(というより、ひっぱられて)街中がほとんど顔見知りだから、くすくすと微笑ましく笑われて。ひっぱっているきれいな彼女は幼なじみだ。小さい頃から知っている、幼なじみという視点から見ても、彼女は確かにきれいになったし、それを否定する自分じゃない。
簡単に言えば、恥ずかしいのだ。今が夕方でなければ、今の自分の顔が赤い事なんて、思いきりバレているだろう。
ーーーーけれど彼女は男の、パウリーのそんな事には気にもせず、ただずんずんとどこかへと向かう。

いつも通りに仕事を終えて、さあ、今日は誕生日だ、ブルーノの酒場で祝ってもらおうじゃねェか、タダ酒だ!そんな風に考えていたパウリーに、同じように仕事を終えた彼女が、 が急いで本社から出てきて(彼女は製図士だ)さっとパウリーの手を取って、いきなり歩き出した。パウリーには何がなんだかとっさにわからなかった。(結局、今もわかっていない)カクやルッチもルルもタイルストンもーーー他の奴らだってにやにやと笑っていた(ハットリもポッポー、と楽しそうに面白そうに鳴いていた)から、あいつらだってグルなんだろうーーーせっかくの誕生日だってのに!

!」

溜まらずパウリーは前を進むに声をかける。一体どこへ向かっているのだろう、ブルーノの酒場も通り過ぎた、の家の前も通り過ぎた、パウリーの家の前もがよく行く店も、パウリーがよく行く煙草売り場も、全て違う方向だ。どんどん街から離れていく、閑散とした方へと向かっていく。
は前を向いたまま、声だけは楽しそうに答える。
「何も言わないでついてきて」
その声の明るさだけは、幼い頃と変わらない。
「どこに行くかぐらい、教えてくれたっていいじゃねェか」
「それは、」
くるり、と振り向いて、は言う。こんなに近いのに、逆光でシルエットしかわからない。

「それは、行ってからのお楽しみよ」

声はとても嬉しそうで、楽しそうで、ーーーーーーーーーああ、顔が見えねえのが残念だ。
パウリーは純粋に、そう思った。










ついたのは、昔二人でよく遊んだ廃船島、アイスバーグと出会った場所。全ての始まり。夢の始まり。今だってここは少しも変わらない。
ずっと引いていた手を、は思い出したように、ああ!と言って、離した。パウリーには離れたぬくもりが、少し寂しかった。
(て、何をおれはハレンチな・・・!!)
これは、そうだ、日常から一歩ずれた今が引き起こす変な現象だ、そうに違いない。
「ちょっとだけ、目を瞑って」
パウリーはここまで来たら、もう抵抗する意味も無いだろうと、半ば諦めて、ため息まじりでああ、と答えて目を瞑った。目を瞑っても外が明るい所為か、明るい暗闇がそこにはあった。
はパウリーが目を瞑ったのを見て、パウリーの両手をとった。そしてそのまま手を引いていく。パウリーには、彼女がどこへつれていくのかわからなかった。廃船島から造船島へ戻っているのか、それとももっと奥へ向かっているのか。

けれどそれよりも、手のぬくもりが心地いい。

「どこ向かってンだよ?」
「もーちょっと!もーちょっと瞑ってて!」
少しだけ必死な、そのの声にパウリーは少し笑う。
「何笑ってるの?」
「いや、なんでもねェよ」
は少しだけ怪訝そうな表情を浮かべて、そんな事より、と気にしないで目的地へ進む。パウリーはに引かれて、どんどん先を進む。


それから何十秒、何分経ったのか、はゆるりと足を止めた。それと共に、パウリーもゆっくりと足を止めた。
「もういいわよ、目を開けて」





ゆっくり、ゆっくり目を開ける。





目前に広がるのは煌めく夕陽。言葉にできないくらい美しい光景。思わず銜えていた葉巻を落としそうになるくらい。


「ほんとはね、噴水のてっぺんに連れて行ってあげたかったんだけど、ほら、あそこウォーターセブンで一番綺麗な光景が見えるじゃない?でも、流石にカクちゃんとかパウリーじゃなきゃ無理だし、けど、びっくりさせたかったから、ここに・・・パウリー?」
が何も反応のないパウリーの顔を覗き込む。どうしたの、と。
「あ、ああ」
照れたように、後頭部を少し掻くような仕草を見せる。
「綺麗っつーかなんつーか・・・それ以上だ」
その言葉を聞いて、は表情を輝かせ微笑む。


「誕生日おめでとう、パウリー!」


にっとあの、まるでたいようのような笑顔で。
「ありがとよ!!」





照れたように笑う彼が、この世に生を受けてほんとうに、嬉しい。








「よー、案外早かったじゃねえか!」
「なんじゃ、つまらんのー。ほれ、早く来んかい!」
「今夜は飲むぞーーーーー!!うおおおおおお!!!!」
『アイスバーグさんに感謝だな、お前の為に1番ドックの仕事を早く終わらせてくださったんだ、ポッポー』
「ンマー!誕生日だぞ、めでてぇじゃねェか!」
「パウリー、これ、みんなからよ」
「こっち来いよ、まずは乾杯と行こうや!」
「飲め飲め!!」
「食え食え!!」
「明日は休みだ、久々に飲みつぶれようぜ!」
「へへへ・・・まずはビールでいいかい?」
「タダ酒だぞ、なにぼーっと突っ立ってんだ!」
「がっはっはっは!!こいつすっげぇ惚けた顔してやがるぜ!」
「間抜けだなー!」
「一枚おさめちまおうか?」
「おっ、いいねえ!」
「ばーか、その前に乾杯だっつってんだろ!」




1番ドックだけでなくてパウリーの顔見知りが何十人もいた。(中には借金取りだって!)大きな2段のケーキがど真ん中のテーブルに置いてあって、パウリーの年齢分の蝋燭がささっていた。酒場はいつもと違っていて、明るい飾り付けが施されていた。『HAPPY BIRTHDAY!!』とペンキで描かれた垂れ幕だってあった。




「パウリー、みんな待ってるわよ!」








ハッピーバースデー、パウリー!!






『カンパーイ!』















ハッピーバースデー!パウラブ!!
(06.07.09)(少し変更 07.10)