目の前には真っ青な空が広がっていて、雲がゆらりと揺られるだけ。少し眩しい太陽も、ちっとも気にする事はない。そこはだけの特等席だった。誰にも知られない(違うかもしれない。自分が居る時に、誰も来ないだけで)(けれど、それだけで充分だった。)素晴らしい場所である。寝たまま思い切り伸びをすると、腕の辺りで嫌な音がした。けれど気持ちいい。
「いいお天気・・・」
時折頬を撫でる風が更に気持ちいい。風は季節の代わり目の匂いを含ませていた。肌で季節の代わりを感じられる贅沢に、は目を細めて人知れず笑う。季節の代わり目の匂いの他に、傍に干されている洗濯物からの洗剤の匂いもする。
「(あー、このまま寝ちゃいたいなあ・・・)」
そう思いながら傍にあった自分の帽子をポスッと顔に置く。目の前の明るい光が遮断されて、薄くなる。
仕事もなにもかも全て忘れて、このまま寝られたら、どれだけ幸せなのだろう・・・。

「おい、こら坊主」
「うわっ!!」

声とともにぱっと帽子を取られ、は驚いた。太陽の光はいい気分を邪魔した主であるパウリーによって遮られて、帽子を乗せていたときよりも少し暗かった。
「サボってんじゃねェよ、新入り」
少し楽しげににやり、と笑われて、は睨んだ。せっかく気持ちよく寝ようとした所を、この無粋な職長は!
「パウリー職長・・・。今は貴重な休み時間です」
「そうか、そりゃァ悪かったな」
そう言ってもまだパウリーは笑みを浮かべているから、実際はそんな風にはほとんど思ってないのかもしれない、とは思った。
「・・・職長こそ、サボっちゃいけないじゃないですか」
「そんな口聞いていいのか?せっかくいいモン持ってきてやったのに」
「え、なんですか?いいもの?」
はくりくりとした瞳を輝かせて、パウリーに問う。けれど、起き上がるのはめんどくさい所為か、寝転んだままで聞いている。
それが、パウリーの心臓には悪い。上目で見られる事はあっても、下から見つめられるという事はそうそうない。なぜかどきり、とする。(こいつは男なのに!)(けれどそれは誤解だと、パウリーは気付かない)
「その前に起き上がれよ。お前ェ、上司前にして寝たままとか失礼だろ」
声が動揺していないか、パウリーにはそれが心配だった。なにも言ってこない所を見ると、いつもと同じように聞こえたようだったけれど、何も言わない代わりに、は困ったように笑った。
「なんだよ」
「このまま起き上がるとパウリー職長とぶつかるんで」
「お、おお、悪ィ」
「で、いいモンってなんですか?」
お腹に力を込めて勢いで起き上がりながら、は聞いた。その言葉で、パウリーははっと自分がここへ来た理由を思い出す。
動揺する為に、来たんじゃない!
パウリーは自分の後ろに隠してあった茶色の紙袋から、それを取り出して、そのままに投げ渡す。
「わ!・・・え、どうしたんですか、この美味しそうな水水リンゴ!真っ赤!」
「査定の帰りに八百屋のばあさんが持ってけ!ってよ。売れ残って、いらねェんだとさ」
「ありがとうございます。・・・それで、わざわざ私に?」
「いらねェんなら返せ」
が受け取ったリンゴを取り返そうと、パウリーはリンゴに手を伸ばそうとする。けれど、は危険を察知したのか、手を伸ばす前に、パウリーからリンゴを遠ざけた。
「わー!!嘘です、嘘です!」
「なら黙って食えよ」
「食べます!」
赤いリンゴに、は赤い口をつける。唇から覗く白い歯がりんごの赤に映える。しゃり。小さな歯形をつけて、はリンゴを食べた。それだけの行為が、妙に誘っているように見える。食べていくうちに何度も覗き見える白い歯が、赤い唇が。
「美味しいです、これ!」
不意をついた言葉に、パウリーは動揺した。なんでどうして、そんなまさか自分が。ばか、どうしてそんなに動揺するんだ。あいつが気付いてるわけねぇじゃねえか。
「お、おお、そうか。じゃあ、これも持っていけよ」
「え、ほんとうですか?いいんですか?貰っちゃいますよ?遠慮しませんよ?」
「ああ。けどな、」
「・・・もしかして、金払え?」
「違ェよ!あー、えー、」
「なんですか。発声練習?『本日は晴天なり』?」
「お前ェ・・・」
「すみません、悪ふざけが過ぎました」
はからかったのだ。その証拠に、口元を緩くカーブさせ、目を眩しそうに細めている。時折見せる悪い顔。けれどそれは、人を惹き付けてやまない。
そんな顔をされてしまったら、パウリーに怒る事なんて、到底できなかった。文句をため息として吐き出すだけ。けれど、はパウリーのそれをどう受け止めたのか、申し訳なさそうに少しだけ小さくなった。(ようにパウリーには見えた)
「あの、本当にすみません。リンゴありがとうございます」
「あー・・・、それでだな、。そのリンゴ全部やるから、今度それでアップルパイ作ってきてくれ」
「え、そんなんでいいんですか?それでこれ全部?」
「悪ィか」
「いいえ、全く!じゃあ、喜んで作らさせていただきますね」

にっこり笑って言うに、本当はキスをさせてくれ、と言おうとしたなんて言えやしない!(パウリーには重大な決心だったのに!)










(Thank you for 1.0000!)


(06.12.15)