外を見る女が一人。
場所は政府所有の島、不夜島エニエスロビー。
不夜島といえど、夜は来る。

女は電気をつけないで、呆然と朝が来ない様な暗闇を窓から眺める。
そういえば、ウォーターセブンに出張していた皆様方が帰ってきたそうだ。女もつい先頃、任務完了して戻ってきた。


まだ、血の匂いが抜けていない。


与えられた任務は簡単なもの。
海賊から没収した金を横領していた政府要人及びその関係者を殺せ。ざっと30人ばかりだった気がする。しっかりと数えては居ない。
ただ、殺している間に鏡を、姿見を見てしまった。
血にまみれた私の姿。周りには赤黒い血で染まった屍。
常人なら地獄だと表現するだろう。
私もゾッとした。鏡の中の私は、手と足を赤く染めて、そして薄笑いを浮かべていた。
自分が人を殺す姿。
けれどそれは、最も私が似合う姿なのかもしれない。







闇に埋もれた女。
ルッチは女の部屋に入った時に、そう思った。
「おい」
ルッチが女の部屋に入って、もう10分は経った。堪らず声をかける。なんて、自分らしくない。
勝手に湯を沸かして、勝手にコーヒーをいれても女はちっとも気づかない。それどころか、女の放つ異臭で、コーヒーが不味くなった。
ハットリも、異臭に負けてルッチの肩から離れて、どこかへ散歩しに行ってしまった。
「・・・」
女はまだ窓の外を見続ける。
厚い雲から月の光が一筋窓に入る。月明かりに照らされて、5年ぶりに見た女の顔。
その女の目は、死んでいた。

もう一度、今度は名前を呼ぶ。
女はぼんやりとこちらを向いてゆっくりと笑う。けれどやはり目は死んでいた。
「・・・ああ、ルッチ。久しぶりね。みんなは元気?」
いつからいたのか、という事を聞かずに、と呼ばれたCP9の女は自分の仲間の事を聞いた。
は別に彼らの事を心配したわけではない。ただ、家族の様に暮らしてきた彼らが死んでしまうのは忍びないと思った。
「各々の部屋に居る」
ああ、なるほど。5年はやっぱり長かったのか。それはどうしようもない。
結局、人間なのだから。情が移ったのか、別れを惜しんでいるのか、自信と葛藤しているのか。
人それぞれだ。
そんな中でもルッチはここへ来たのだ。に会うために。ただ、はそこまで考えられなかった。ただの報告程度にしか受け止められなかった。
「・・・おかえり、5年ぶりよね」
「ああ、そうだな。・・・お前、臭いぞ」
ルッチは、あからさまに顔を顰めた。
ああ、確かに。とは思う。自分はさっき任務完了して、ここへ戻ってきたのだ。
姿見に映った薄笑いを浮かべた自分が、どうしても忘れられなかった。だから、血を落とす事も忘れて、ただ呆然と窓の外を見ていた。
血も、こびりついてしまって、手と足の血はもう既に固まり始めていた。(もちろん、自分の血ではなくて他人の血だ)
「ああ・・・臭う?ごめん。あと、電気もつけていいよ」
「・・・お前、風呂入ってこい」
ルッチに言われるなんて、そうとう臭うんだなとは思う。
「うん」
「・・・死んでるぞ」
主語が無い。が、言われなくてもにも分かっている。
目が、虚ろで死んでいるんだろう。
今、には目が見えていない。にはよくある事なのだ。それは恥ずかしい事に、人を殺した後によくなる。
最初は戸惑ったが、幾度となるその現象に、慣れを感じるようになった。それは、人を殺した回数と比例する。
には目が見えなくても、どこに何があるか、誰が何をしているのか、その場の空気と風、温度、その他様々なものでわかるようになった。幼い頃からの、訓練の成果の賜物だ。




美しい世界が、汚れた自分を拒否しているのだ。




「うん」
少し遅れて、うなずく。
そうだ。そういえば、まだ誰にも目が見えない状態の事を言った事が無かった。
一番近しい存在であるはずの、ルッチにさえも。
「何があった」
「今日はよく喋るね、ルッチ」
瞬時に彼の眉間に皺がよる。ルッチの勘に触ったようだ。
確かに、誰だってこんな事を言われたら気に障る。彼は不機嫌そうな顔をよりいっそう不機嫌そうに顰める。
ああ、駄目だ。今、自分は人と喋ってはいけない。
「っ、ごめん。今からお風呂入ってくるから、適当にしてて」



何かから逃げ出す様にバスルームへ向かうを、ルッチは不振そうな目で見た。






頭から冷水のシャワーを浴びる。

壁に手をあてて、体重をかける。途端に、手が少し震えるのを感じた。
なんて様だ。
これがさっきまで恐れていた自分か。
ああ、なんて酷く 醜い。



ようやく視界が明るくなる。自分でつけたのか、周りが明るい。目の前の鏡には、自分の艶かしい白い肌に、まだこびりついている血。
ふと面を上げて、鏡を見た。そこには、鋭い目線でこちらを睨みつける男。


「ッ、ルッチ!」
驚き、後ろを振り向く。自分を覆うものがなくて、胸だけはかろうじて隠す。
バスルームの扉に寄りかかっているのは、まぎれも無くルッチ。腕を組んで、呆れた様にこちらを見ている。
が今バスルームに居るというのに。
「・・・なんだ?」
妙に響くルッチの低い声。
先ほどは意識しなかったが、5年前より確実に身長も伸びて、筋肉もついている。道力の方もさぞや伸びている事だろう。
そして何より。
久々に見た彼は、何よりもかっこよかった。
けれど、今にの中に渦巻いている思いは先ほどまであった自己嫌悪やほんの少し前の欽羨(きんせん)の思いではなく、羞恥だった。
白い肌を仄かに赤くして、がキレた。
「な、にが、なんだ、よ、この、ばか!!」
でてけ!!とはかけてあったシャワーを持ち、ルッチに向けた。
思い切り、勢いづいた冷水がルッチにかかる。
シャワーが当たっているのにそれでもルッチはズカズカとの方へ向かい、おもむろに手首を掴んだ。そして、壁に押し付けられる。
「っ、」
痛い。掴まれた拍子にシャワーを落とす。ガチャン、と派手な音をたてて床のタイルにシャワーが落ちる。未だ流れている水の勢いで、ぐるぐるとシャワーが周り、ヘッドの部分が浴槽にあたると、水はまだ出たままだったが、動きは止まった。

ルッチの力が強い所為か手首が、熱い。
そして壁に押し付けたのは彼だというのに、ぐいっと引き寄せられ、抱きしめられる。
耳元にかかるため息。
ゾク、と肌が粟立つ。本当に身体に悪い。
「・・・心配させやがって、バカヤロウ」
深いため息のように吐き出される言葉。彼にしては思いの外優しい言葉に、ルッチの腕の中では驚く。
驚きすぎて、抵抗する事を忘れた。
「ら、しくないよ、ルッチ」
「5年ぶりだからな」
わけのわからない返答。も知らずのうちに深いため息を吐き出す。利き手をルッチに掴まれている為にできなかったが、自由だったら髪をかきあげていた。苛立たしげに。
「・・・わけわかんない」
「あんな顔して、あれだけ血にまみれてたら、いくら俺だって心配ぐらいする」
「ふん・・・。なによ、生意気な事言って。離しなさいよ、出て行ってよ」
先ほどからのあまりにルッチらしくない言葉と、何も言わずに勝手に自身の裸体を見られた事と、己の一番弱い部分を見られた事、そして何も抵抗しずにルッチの腕の中に居る事、全てにリースは苛立った。
メデューサの瞳とも言われる目で自分より少し背が高いルッチを思い切り睨みつける。それでも彼のその鋭い目線で睨み返される。
「惚れた女の心配して何が悪い」
そう言われた直後にぐい、との顎を掴んで無理矢理自分の顔に近づける。この後に起こる事を予想して、はまさかと思う。
「な、に考え・・・!!っん・・・ッ」
角度をつけられて、無理矢理唇を押し付けられる。ドンドンと胸を叩いてもちっとも離す気がないようだ。の口腔に何か生暖かいものが侵入する。ルッチの舌だと気付くのに、少しかかった。
何度も角度を変えられ、その間に空気を求める。その度に自分の口から鼻にかかった甘い声が漏れる。バスルームの反響の所為で、そのいやらしい自分の声が嫌でも耳に響いて聞こえる。ちょっとやそっとの事で表情を変えないCP9のでも、思いがけない自分の声とルッチの行動に耳まで赤くなる。
実際にはそれほど長い時間ではなかったが、の中ではとてつもなく長い時間に思えた。ガリ、と力なくルッチの舌を噛んでようやく口の束縛から放れる。お互いの口から銀糸がツツツと繋がる。
頬が紅潮し、息が荒く、驚愕と疲労で唇を拭う事もしないに対して、ルッチは舌を噛まれたというのに少し眉間に皺を寄せただけで、後は事も無げな顔をしている。
その余裕綽々な表情に、はあからさまな嫌悪感を表す。
「ッ、なによ、信じられない・・・!」
息も切れ切れには精一杯の強がりを示す。けれど、ルッチは己のスタンスを崩さない。
「お前が何を考えているなんて、だいたい検討がつく」
その言い方に、余計にカチンとくる。
「なら・・・放ってよ・・・!!」
「放っていられないから俺はここに居るんだろうが、バカヤロウ」
そう言って、ルッチは眉間に深い皺を寄せる。は驚いて、目を丸くする。彼がこんな事を思っているとは知らなかった。絶対に、遊んでいると思っていた。それに昔から、性格も悪かった。
「・・・ルッチはこんな思いをする事なんて、ないんでしょうね」
目を細め、吐き出す様に言う。ルッチと目線を合わしていられなくて、顔を逸らす。一対一の戦いでは、目線を逸らしてはならない。逸らせば隙をつけ込まれてしまう。けれど、今の時点ではルッチと目線を合わしている意味が無くなった。勝つも負けるも、一方的にあった自分の戦意は喪失してしまった。
「ある」
「え・・・」
ルッチの返答が思いがけないもので、もう一度目を丸くする。ルッチと再び目線を合わしてしまう。彼のそれは小馬鹿にしたものだった。
「俺をなんだと思っている?六式を会得した超人だろうが悪魔の実の能力者だろうが、人間だ。人間など、所詮脆く、醜い」
誰に言っているのか、とは思う。彼か、それとも己にか。がそう思うほどに、彼の言い方は自嘲気味だった。
が次の言葉を言い倦ねている間に、ルッチが口を開く。
「・・・心配するな。お前が俺を裏切らない限り、俺はお前の傍に居てやる」
あまりに彼に似つかわしくて、恥ずかしくて、は笑った。同時に、心のうちのどんよりとした黒く重いものが少しだけ晴れた。
「・・・偉そうに言うんじゃないわよ、バカ」





このまま、そうだ。朝なんて来なければいい。








ナイトメアのその先に























暗くて微エロ・・・か?でも、サイト開設前から頭の中にあった夢。これの為に、このサイトは13禁になったようなものです。(笑)
(06.02.16)  image song:本能 / 椎名林檎
(06.03.12  ちょっと修正)