「カリファ、痛くない?」

そう聞けば、彼女は決まって気丈に微笑む。

「大丈夫よ」

嘘だ。そんな痛そうな大きな痣をつけて、毎日が鍛錬で、つらいはずなのに。この凛とした人は、一体どこまで嘘をつくの。

見ているこちらが痛くて、私は顔を顰めてしまう。

「大丈夫よ、。そんな顔をしないで。ただ・・・」
「ただ?」
「手当だけ頼めるかしら?」
素敵に、鮮やかに笑って、カリファは私に頼む。私は断る術も知らない上に、断る気だってなかった。
ルッチさんが顔を顰めるのも、カクが「またお前か」という意味を込めて、侮蔑したような目でこちらを見たのも、全て無視をした。

「任せて」

誰が、この強い彼女を、突き放す事ができようか?
惹きつけられる事はあっても、突き放すなんて、できない!





私はカリファをソファに座らせてから、大きな箱から取り出した何本もの包帯や傷薬、消毒液、軟膏、ティッシュ、なんて必要な物からかゆみ止め、目薬、栄養剤なんてあまり必要でないような物までをテーブルに広げる。それを見たカリファが楽しそうに笑う。目を細めて、唇を緩やかにカーブさせて。
「どうしたの?」
「あなたってば、これだけの傷なのに、まるでお店でも開きそうなくらいの量の薬を出すから」
おかしくて、とカリファ笑う。これだけの傷、というけれど、細やかな傷だって私には痛そうに見えるし、足や腕に出来ている黒くなりかけている大きな痣はすごく痛いんだろうと思う。私はカリファの前に座り込んで、足を手に取る。手には水に濡らした布。
「だって、女性の肌に傷は残しちゃいけないの」
傷周りについている泥や砂を少し水で濡らした布で落として、極々真面目に私は言ったつもりなのに、カリファは余計笑った。声に出して、楽しそうに。けど傷が痛いのか、少しだけ奇妙な笑顔。
「ありがとう、。そうね、こうしてくれるの為にも私は傷をつけないようにがんばるわ」
「でも、カリファは綺麗」
ほんとうに、そう思う。白くて、触ると柔らかくて、傷だらけで。けれどその傷は誇らしく見えて。
「あら、本当?嬉しいわ」
そうしてまた緩やかに笑う。けれどすぐに、何かを見つけたような目をする。その目は私を映してはいない。


「おい」


(・・・もうちょっと幸せな気分に浸らせてくれたっていいのに!)
まったく、この可愛げの欠片も無い声は。背後からの声に、私は悪態をつく。バレると怖いから、言えないけど。


「あら、ルッチ。何か用?」
カリファがまた緩やかに笑った。この笑みは無敵だ!だって、きっと、私の後ろにいるルッチさんは少しだけ狼狽えてると思う。(この笑みができるようになりたい、そしたらルッチさんにもからかわれないだろうし、きっとカクもあんな風に私の事をとやかく言わないんだ)
後ろを振り向けばほら。ルッチさんが少しだけ、いつもの不機嫌そうな表情を崩してる。
「カリファじゃない、にだ。それが終わったらでいい。替えの服をおれの部屋にもってこい」
なるほど、傷はそんなに負っていないけど、彼の服はボロボロになっている。ああ、この分じゃ、他のみんなのも必要だな。・・・あれ、でもカリファは無事?
「わかりました」
私がそう言ったのを確認して、ルッチさんは踵を返してどこかへ(きっと自室へ)行ってしまった。そうして私はもう一度、カリファの手当を始める。
「ねえ、カリファ」
「なにかしら」
ちょっと滲みるけど我慢して、と最初に言ってから、私はカリファの傷に消毒液を少しずつかける。ほんの少しだけ、カリファは眉間に皺を寄せる。
「・・・どうしてカリファの服はボロボロじゃないの?」
「ボロボロな方がおかしいのよ。今日は六式の演習や六式遊戯を少し」
「え、じゃあどうしてルッチさんは・・・」
「いつもの事よ。ジャブラがルッチにちょっかいをかけて、カクがそれをおもしろがって」
3人とも子供なんだから。とカリファは呆れたように、また笑った。私にはその光景が易々と想像できてしまって、思わず吹き出してしまった。些細な事で起こった決着のつかない喧嘩に、カクがまるでゲームだ、と言わんばかりに楽しそうにそれに便乗して。(みんな本気だから、始末におけない!)(けれどその光景はとても微笑ましい)
「だから、あんなふうなの」
「なるほど。・・・はい、できた」
会話をしながらでも、丁寧にきちんとやったつもりだ。その辺りは長年の賜物である。痣はどうする事も出来なかったけど、それでも切り傷や擦り傷は全て手当てした。
「ありがとう、

そう言ってまた、緩やかに笑う。目を細めて、本当にありがとう、と。
ああ、だから私はカリファが好きだ。この笑顔が、優しさが、心遣いが、大好きだ。たまに見せる悪戯っ子のような所も、全て。
「どういたしまして!」
だから私も誠意一杯の笑顔で。
「ほら、はやくルッチのところへ行かないと、怒鳴られるわ」
「ルッチさんってすごく神経質だしね」
私がそう言うと、カリファはちょっと行き過ぎよね、と言って笑った。私もつられて笑う。けれど、カリファの笑いが少し止む。そうして、悪戯っ子のようにな、妖艶な、人を騙すような、そんな微笑みを浮かべる。
ーーーーーー彼女の中で、私があまり好まない笑顔。(見ているのは好きだけど、向けられるのはとても嫌だ)そういう時って、何か嫌な事がある。
ああ、嫌だけど、振り返ってしまう。



「誰が神経質だと?」



「ル、ルッチさん・・・」
神経質そうな表情を浮かべ、なんだか青筋が立ちそうな勢いで、ルッチさんは腕を組んで私の背後に立っていた。一仕事終えたような出で立ちだから、妙に迫力がある。(それでなくとも、圧倒されるのに)(わざわざ音を消して背後に立たないでほしい!)(みんなしてそうするんだから)
「遅い」
「い、今持ってきます・・・!」
私はそそくさと立ち上がり、急いで洗濯室へ走った。逃げるように。確かあそこに乾き終わった服があったはずだから。




がいなくなった後で、カリファが声に出して密かに笑った。ルッチが眉を顰めてカリファを見る。
「なんだ」
「いえ、別に?」

広い広間にカリファの楽しそうな笑い声が少し控えめに響く。そんな事を言われてるなんてつゆ知らず、給仕は走る。














(・・・カリファの笑みと、ルッチさんの無言のプレッシャーは無敵だ。)








(06.07.09)