夢すら見なかった。深い眠りの中から、自然と目が覚めた。
むくり、と起きると、額から何かが落ちた。ぼうっとしていると、だんだんと目が冴えてくる。落ちた何かは、濡れたタオル。
寝る前に置いてもらった覚えは無い。じゃあ、これはあの時ルッチさんが置いてくれたのか。そうだ、ここは、ルッチさんの。
「起きた?よく眠っていたわね」
すぐ隣でカリファが座っていた。ちっとも気がつかなかった。彼女は暇つぶしになのか、任務のためなのか、どちらかはわからないけれど、資料を眺めていたみたいだ。(机の上には結構な量の資料が置かれていた)
「大丈夫、?」
心配そうにこちらを見る瞳とかち合う。カリファの少し短い髪が揺れるのが眼に入る。
「え、あ、うん・・・」
「水でも飲む?それともお茶でも煎れましょうか?」
「水を・・・。ごめんなさい、カリファ」
「どうして謝るの?わからないわ」
「こんなに、心配かけて」
なにかわからないものに押しつぶされて、涙が出そうになった。泣くな、と自身を叱咤して、我慢するために薄い布団をぎゅっ、と掴む。
白い手が、自分の手じゃないように見えた。
「あら、少しくらい心配させて。あなたったら、ここへ来てから一度も倒れたり、熱を出したりしたことなかったじゃない。一時期、サイボーグかと思っていたのよ」
顔を上げると、カリファはくすくすと笑っていた。今度は安堵に泣きそうになった。けれど、泣かなかった。
「はい、お水」
「ありがとう」
こくり、と飲むと口から食道へ、胃へ、冷たいものが下って行くのがありありとわかった。ようやく落ち着いてきた。風邪、はあまり考えられないから、過労と、精神的疲労からだろうか。ああ、指銃をつきつけられてからここ一週間、しっかりとした睡眠無しで働いたからだろうな。だって、今はつらくない。
たまに夢に見るあのカクの視線の冷たさと、指の重さと、肩にかける手の熱さが忘れられないのだ。恐ろしくて。
殺したくなるほど、嫌いだなんて。寂しかった。
「ねえ、」
「なあに?」
「聞いてもいいかしら、倒れた理由はカク?」
「・・・うん、まあ」
わたしが言いにくそうに答えると、カリファは盛大にため息をついて、またか、と呆れるような、怒るような、そんな顔をした。思わず苦笑する、姉の顔だ。
「それで、彼は何を言ったの?」
ようやくエニエス・ロビーについた。今更じゃけど、言わせてほしい。
「なんでジャブラとルッチなんじゃ・・・」
わしがフォローするしか無いじゃろ。この2日間はそんな諦めで過ごしてきた。正直疲れた。無駄に10人も殺してしまった。
「ああ!?なんか言いやがったか、カク!」
「なーんも言っとらんわい」
おお、怖い!ジャブラもルッチも殺気立たせて、疲れないのかのう。
元はと言えば、カリファが悪いんじゃ。直前になってよりによってジャブラと代わってもらう、なんて。その理由があの給仕!そうじゃ、悪いのはあの給仕。あれが熱を出したから。
あの時も。あの給仕がルッチの部屋になんか居るから、ルッチを少しからかったら、怒る事もなく、むしろどうでもいいからさっさと出て行けと言われているようで、それがとても腹立たしかった。それより腹立たしかったのは、ルッチの部屋にあの給仕が居る事だった。なぜか?そりゃ知らん。わしが聞きたい。
「!は、休んでンだったな。あー、チクショウめんどくせえな」
ジャブラは血でベタベタとなった上着を脱ぐ事を止める。ルッチも同じ事を思ったんじゃろうか、ほとんど同じ動作をした。(結局こいつらは仲がいいんじゃなのかの?)
「カク!!」
カツカツカツ、とヒールの音を鳴らして、名前を呼んで来たのはカリファだった。遠目でもよく解る、怒っている。なににじゃ。また長官がセクハラだとか言うんじゃろうか。
「あなた、ノラに指銃を向けたの?」
あの給仕め!
今一番痛い所をつかれて、不覚にもわしは狼狽えた。思い出したくない、過去の自分を消したい。
「・・・それがどうしたって言うんじゃ」
「最悪だな」
「最悪だ」
二人がわしの両隣をすれ違い様にぼそりと呟く。(やっぱり仲がいいんじゃないのかのう?)文句を言ってやろうかと思ったら、ジャブラはもう既に洗濯室へ向かっていて、ルッチもどこかへ行ってしまった。(きっとあの長官へ報告だろう)
「なにも。ただ、確かめたかっただけよ」
横っ面でも叩かれるか、蹴られるか、どちらかを予想はしとったが、そのどちらもなかった。ただ呆れたようにため息をつかれた。それがひどくイライラさせる。
「なんじゃ、何が悪い。給仕に指銃を向けた所で何か支障はあるかのう?」
「・・・カク、それ本心?」
「そうじゃ」
言った自分の言葉が刺さる。何を狼狽えとるんじゃ、わし。これは本心、本心じゃ。なにも間違った事は言っていない。
「あなたがそんなに子供だったなんて」
呆れたように言うカリファに、やはりわしは狼狽えた。これが他のCP9だったら、嵐脚の一つでもくれてやるというのに、よりにもよってカリファ。(わしは昔からカリファには頭が上がらん)(なぜじゃ)
「子供?誰がじゃ。わしはもう、」
「カク、知っているかしら」
カリファはわしの言葉を遮る。嫌なペースじゃ。
「・・・なにが」
「は、あなたに指銃を向けられてから、一度もきちんと眠れないのですって」
それを聞いて、胸がざわめく。そんなの知るか、わしの所為じゃないわい。(じゃあ、なぜそんな罪悪感に埋もれる?)(カリファが向ける視線が痛い)
「に夕飯持って行ってあげてほしいの」
唐突すぎて、カリファは一体何を言ったのかと思った。その言葉を噛み砕くように飲み込んでも、脈絡が無い。いや、カリファの意図はわかるんじゃ。カリファはいつもわしとを仲良くさせようと努力しとったからの。(無駄じゃというのに)今回もそうなんじゃろ?
「わかった」
カリファは少なからず驚いて(ようにみえた)、それから少し面白そうに嬉しそうに、微笑んだ。
わしだって自分の言葉に驚きじゃ。でも仕方ない。これ以上罪悪感を持っているのはまっぴらじゃ!
給仕の不調 V
(07.03.13)