落ち着いて、わたし。
なんて事は無い。起きたらカクがすっかり冷えきった夕飯を傍において、わたしのベッドの隣に腕を組んで、足を組んで、すらりと座っていただけだ。なんて事は無い、落ち着いて。

「あの。カク、さん」

ああ、またぎこちなく『さん』付けしてしまった。でもこれは、仕方ないと思う。もうずっと、『カク』と呼んできたのに、いきなり『カクさん』ではやはり少々慣れない。
「カクでいい」
「え」
いつになく優しい言葉で驚いた。もしかしたら初めて聞いた優しい言葉かもしれない。わたしを見る目はいつもの蔑んだ瞳ではない。(ような気がする)
「お前がいちいちぎこちなくわしの名前を呼ぶのはいらいらするんじゃ」
あ、そう。なるほど、納得した。
けれど、わたしを殺そうとまでしたカクがわたしの部屋に居るのは納得いかない。倒れる前ほどではないけれど、今でもわたしは彼が恐ろしい。
わたしにとってのカクとの関係は、肉食獣と草食獣の関係だ。(いくらいつもより優しいと言っても!)
「わしはお前が嫌いじゃ」
「知ってます」
わたしが間髪入れずにそう言うと、カクにきっ、とわたしを睨んだ。帽子の下の瞳は冷えている。同じ視線にあるはずなのに、見下ろされている気分だ。
「黙って聞け」
「・・・はい」
「いいか。わしはお前が嫌いじゃが、殺すほど嫌いではない」
ええと、つまり、この間の指銃なんなの?勢いなの?八つ当たりなの?それとも今が嘘なの?
わたしは呆然としているしかなくて、カクはといえば、相変わらず腕を組んで、足を組んで、わたしのお気に入りの椅子に座っている。
無言のままただ時は過ぎていく。カクは次の言葉を発するつもりはないらしく、ただ憮然とその場所に居る。はやく出て行ってくれればいいのに。そうしたら、わたしの頭の中での整理もつく。
「つまり」
「なんじゃ」
「カクはわたしの事が嫌いだけれど、殺すほどではないのね?」
「さっきからそう言うておるじゃろう」
「つまり」
「・・・なんじゃ」
「この間のは単なる八つ当たり?」
彼を見据えて、わたしは問う。彼は少し気まずそうな顔をする。わたしの前でそんな顔をするのは初めてだった。彼は常にわたしの事を見下したような、睨むような(それでもわたしにとっては可愛い弟のようだった)(たったひとつしか年は離れていないのに)、そんな風にしか見ていなかった。
「・・・そういうことになるかの」
彼は案外あっさりと認めた。
ああ認めちゃうなんて。否定してくれればよかった、わたしは怒りが収まらないかもしれない。
「カク!」
「な、んじゃ、いきなり大声を出すな!」
自身がひるんだのを隠したいのか、彼は大声を出した。けれど知らない。もうわたしは止まらない!
「出したくもなる!ああもう、八つ当たりなんかで殺されたらたまんない!怖かったのよ?そりゃもう、すごく怖かったの!怖くて何日も眠れないなんて、初めて!殺されるなんて思ったのも初めて!信じられない!そりゃ、わたしも悪かったわ。カクは出て行けと言ったものね。警告していたものね。けど、それだけで殺されちゃたまんないわ!わたしはカクの事嫌いじゃないのに、どうしてカクはわたしの事が嫌いなの?!」
一言で、勢いで言ってしまった。長い憤りと共に今まで気になっていた事まで聞いてしまった。いつの間にかわたしは座っているカクを上から見下ろして、詰め寄っていた。わたしがこんなに言うだなんて、想像していなかったのか、カクはぱっちりとした目をもっと開いて驚いていた。
今更ながらに、睫毛が長いな、と思った。
すとん、とベッドに戻ってから、頭がとても痛い事に気付いた。さっきの自分の言葉が頭に響く。しまった、わたしは今熱があるんだ、でもいけない、倒れちゃいけない。
「(どうして、なんて、こっちが聞きたいわい!イライラするんじゃ、こいつが居ると)」
カクは狼狽えていた。わたしの目から見てもよく解った。どうしてなのか、ねえ、わからないの?(それとも、わかっているけど、言いたくないの?)
「(随分前に好きな子ほど苛めたくなるとか言われたのう、いやいや、まさか!わしがこんな弱い奴が好きなわけない!わしの前じゃいつも顔が強ばっとるこいつなんて!)」
腕を組んで、カクは少し目を伏せている。考え事でもしているの?
「ええと、カク?」
「なんじゃ」
「理由が無いのなら、今までと同じに戻ってもいい?」
「今までと同じ・・・」
鸚鵡返しに聞いてくるカクなんて珍しかったから(というより、初めてだった!)少し微笑ましかった。今の言葉で、張りつめていたものが無くなったような気がした。(だといい。・・・だといいな)
「あの事は無かった事にしよう」
「・・・いいじゃろ」
「うん、じゃあ、そういう事で。わたし頭痛いから眠ってもいい?夕飯はきちんと食べるから」
早く出て行ってもらいたい半分、本当に頭痛い半分でわたしは言うと、カクは素直にわたしのお気に入りの椅子から腰を上げた。・・・そしてそのまま出て行くはずだった。けれどカクはもう一度椅子に座り直して、いつもより焦った表情でわたしに詰め寄った。
「いかん!食うんじゃ、食え!」
「え、ええ?だ、だから後で食べるって・・・」
「そう言うてお前結局食わんじゃろ!お前が食わんかったなんてカリファにバレたらわしが殺されるんじゃ。食え!薬も飲め!」
彼は夕飯(小さな土鍋のそれは、きっとお粥だろう。前にカクが熱を出した時に、カリファと一緒に作った覚えがある)の蓋を開けて、それにレンゲを突っ込んで、お粥を掬って、わたしの前に突き出した。(あまりの早業で、そして慣れていない事で、とてもわたしは驚いた!目を丸くした!)(そんなにわたしの事を知っているなんて!)
「は、はあ・・・」
「・・・いくらお前でも冷めた夕飯は食えんのう。待っとれ、今わしが暖めてくる」
そう言って彼はトレイごとわたしの夕飯を持って、そのままさっさと出て行ってしまった。わたしはその行動に呆気にとられていて間抜けな顔しかできていなかったような気がする。
「あ、どうも・・・」
それからわたしは、笑っていた。自分の間抜けさと、カクの可愛らしさに。(それの所為で、頭が痛い事を忘れていた)(いや、痛かったんだけど、なんというか、感じていなかったというか)
今日の夢見は絶対いい!だって、悪い夢を見る要因がどこにもない!







「(なんでわし、こんな親切なんじゃ?」」
はた、と気付いたのは、土鍋を火にかけて暖め直している時だった。が今部屋でさんざん笑っている事なんて、知らずに。








調 W










3歩下がって1歩進んだかんじで不調編終わり。(さんざん引っ張っといて・・・!)(ごめんなさい!)
(07.04.05)