おれが愛した人は、若くして海軍本部の少佐になった女(ひと)だった。おれと同期だったが(おれより年上だった)、おれよりもはやく出世した。垢抜けた女で、海軍とは思えないほど一般常識である正義を全うしない人だった。ただ誰よりも海賊を憎んだ女(ひと)だった。
その女(ひと)は、昇格間近で、海軍を辞めた。妊娠したそうだ。おれは頭をガツンと殴られたような思いだった。相手は誰だと聞いたけれど、それは言えないと言われた。
「でもねェ、クザン。とてもいい人だったのよ、優しい、朗らかに笑う人で・・・。平々凡々、っていう言葉が似合う人で、後は、そう、後ろ姿がとても綺麗な人だった」
そう言って、嬉しそうに笑って去っていった。おれは笑えなかった。
最後に逢ったのは、彼女が居なくなって、初めての誕生日の時だった。おれはいつものように自転車で海を渡っていた(こりゃ最高の逃げ道だ)時だった。島の方から大声で呼ばれて(あいつの目は相変わらずすごい)(それに気付く俺も俺だが)(無意識にあいつが居る島まで自転車を走らせたのも、うんざりする。なんて未練がましい)、結局会っちまった。
彼女はちっとも変わってなかった。変わったと言えば、隣にいるガキが居る事だ。
彼女が死んだ。最後に逢ってから1週間後だった。綺麗だった命は、あっけなく終わった。
葬式には出てやれなかった。仕事だと言い聞かせたがその実、結局おれに勇気がなかっただけの話だ。
彼女の葬式に出た部下がとても綺麗な死に顔をしていたと言っていた。眠るように死んだそうだ。海軍を辞めるときにはすでに自分の寿命を知っていたらしい。(つまり、1週間前もわかっていたんだ)それでもガキ産んだんだから、女ってやつァ恐ろしい。
ようやく彼女の墓を訪れたのは、それから1年経った頃だった。と再会したのも、その時だった。
憎たらしいほどはすくすくと育っていた。彼女の両親と(つまりにとっての祖母と祖父と)二人で暮らしていた。それでも彼女の子供というだけで、どうしようもなく愛おしい存在だった。
無理を言って、を引き取った。思っていたよりもあっさりだったのは、彼女からおれの話を聞いていただからだそうだ。
「クザン」
「あららら、起きたのか?」
不慣れながら自分なりに精一杯愛情を込めて育てた。目の前のノラはもう幼くない。長いようで、短かった。の姿形は彼女にかけらも似ていない。ただひとつひとつの仕草がたまに、懐かしくさせる。
「うん。でも、クザンも寝てた。肩が重たかったわ」
どうやらノラにもたれかかった寝ていたらしい。
走馬灯のような、懐かしい夢だった。いつも隣に居たノラが、明日にはもう居ない。(彼女は海軍に入るのではなくて、給仕として勤める事になった)がらにも無く、寂しいのだろうか。
「そりゃあ失礼」
そう言うと、は苦笑だけをした。
「ねえ、クザン」
「あー。なんだ」
「ほんとにいいの?わたし、海軍に入らなくて」
不安そうに聞かれて、おれは何だそんなことかと思った。ここ数日なにやら考え事をしているなとは思っていたが、まだそんな事を考えていたなんて。
「お前が好きなようにしなさいよ」
「クザンの思いが聞きたいの」
「言うじゃないの。・・・まあ、おれとしては、を手放したくない。大事な一人娘だからな」
(こんな事を言う日が来るなんて、昔のおれでは考えられない事だ)は少し照れたように笑って、おれの話を促す。
「お前はその辺の海兵よか強いが、親としちゃ、あまり危険な事をしてほしくない。が、傍にはいてほしいのよ」
「結局どっちなの?」
「お前が決めた方なら、どちらでも」
結局おれは、どちらつかずの答えを言った。(海軍に入ってほしい(戦力的にも、個人的にも)けど、危ないところには行ってほしくないけど、傍に居てほしいけど。・・・こう考えてりゃ、もうエンドレスになるしかないじゃないの)
「・・・わかった。わたしはもう迷わない」
「そうか」
おれがそれだけ呟くと、は甘えるように抱きついてきた。(な、なんだ、年頃の娘がそんなことしちゃいけないだろうが!)(ああ、可愛い。親バカだと言われようがなんだろうが、そんな事どうでもいい)
「いままでありがとう、おとうさん。ずっとだいすき」
Vati und Tochter
(結婚式には泣くぞ)
CP9の給仕になる前の給仕。
す、すみません・・・!(でも楽しかった!)クザンの喋り方は好きですが、書きづらかったです。四方からブーイングが来そうで今からビクビクしています・・・。(ファイルが一度消えたのは痛かったな・・・)
(07.05.20)